海外赴任制度はあるのに、なぜ人事は駐在員の「その後」を把握できないのか
「海外赴任制度は整備しているので、駐在員への対応は問題ない」
そう考えている企業でも、人事担当者に話を聞くと、
「赴任中の駐在員が実際にどういう状態なのか、詳しくは分からない」
「問題が起きたときには本人から相談が来ると思っている」
「帰任後については、現地から戻ってきているので大丈夫だと思っている」
というケースがあります。
海外赴任に関する規程や制度が存在することと、駐在員の状態を継続的に把握できていることは、同じではありません。
むしろ、制度が整っている企業ほど、「制度があるから大丈夫」と考え、制度の外側にある駐在員本人の変化を見落としてしまうことがあります。
では、なぜ人事は駐在員の「その後」を把握しにくいのでしょうか。
海外赴任制度があっても「人の状態」までは制度化されていない
海外赴任制度では、通常、赴任期間、給与、手当、住宅、渡航、休暇、帰任など、さまざまな事項が定められています。
これは企業にとって重要な基盤です。
しかし、
「本人が赴任先で孤独を感じていないか」
「仕事上のプレッシャーが過度になっていないか」
「家族が海外生活に適応できているか」
「上司や現地スタッフとの関係に悩んでいないか」
「帰任後のキャリアについて不安を感じていないか」
といった情報は、制度だけでは把握できません。
ここに、海外人事の難しさがあります。
人事が管理しているのは「赴任という制度」であって、必ずしも「赴任している人の心理状態」ではないからです。
「問題があれば本人から相談する」は本当に機能するのか
人事が駐在員の状態を把握できない理由の一つが、
「何かあれば本人から相談してくるだろう」
という前提です。
しかし、駐在員本人からすると、人事への相談には一定の心理的ハードルがあります。
例えば、
「弱いと思われたくない」
「評価に影響したら困る」
「自分の管理能力を疑われたくない」
「家族の問題を会社に知られたくない」
「現地でうまくいっていないと思われたくない」
という気持ちが生じることがあります。
特に海外赴任では、「会社から選ばれて派遣された」という意識から、期待に応えようと頑張る人もいます。
その結果、困っていても相談するのではなく、自分で何とかしようとすることがあります。
そして本人が相談しない限り、人事側には問題が見えにくい。
これが「把握できない」状態を生みます。
駐在員の「大丈夫です」は、情報として十分なのか
人事が駐在員と定期的に連絡を取っていても、十分とは限りません。
「最近どうですか?」
「仕事は順調ですか?」
「何か困っていることはありませんか?」
と聞けば、
「大丈夫です」
「特に問題ありません」
という回答が返ってくることがあります。
もちろん、本当に問題がない場合もあります。
一方で、「大丈夫」という言葉だけでは、本人が抱えている負担の程度までは分かりません。
例えば、
「仕事は順調だが、毎日かなり疲れている」
「家族のことで悩んでいるが、会社には言いにくい」
「現地スタッフとの関係に困っているが、赴任者として弱音を吐けない」
「帰任後のポジションがどうなるのか不安」
という状態でも、「大丈夫です」と答えることはあり得ます。
つまり、人事が必要としているのは、単純な「問題がある・ない」の二択ではありません。
駐在員が今どのような状態にあり、何に負担を感じ、どの程度支援を必要としているのか。
その情報を得られる仕組みが必要になります。
「赴任中」だけを見ても、本当の状態は分からない
海外赴任者への支援を考える際には、赴任中だけを見るのではなく、前後の流れを見ることも重要です。
赴任前には、
「現地でやっていけるだろうか」
「家族は適応できるだろうか」
という不安が生じることがあります。
赴任直後には、言語や文化、生活環境、人間関係への適応が求められます。
赴任期間が長くなれば、仕事上の責任が増えたり、家族関係や将来のキャリアについて考えることもあります。
そして帰任すると、今度は日本の職場や生活への再適応が必要になります。
つまり、海外赴任者への支援は、
「海外にいる期間だけの問題」ではありません。
赴任前から帰任後までを一つの流れとして見ることで、初めて見えてくる課題があります。
人事が把握しにくいのは「情報がない」だけではない
もう一つ重要なのが、情報の分散です。
駐在員本人については現地上司が知っている。
家族については本人しか分からない。
仕事上の問題については海外拠点の責任者が把握している。
健康面については本人が医療機関に相談している。
帰任後については所属部署が対応する。
このように情報が分散すると、人事担当者が全体像を把握することは難しくなります。
しかも、プライバシーに関わる情報を企業が何でも収集すればよいわけではありません。
重要なのは、必要な情報を、適切な範囲で、本人が安心して相談できる仕組みを持つことです。
「人事が全部聞き出す」という発想ではなく、本人が必要なときに相談でき、必要に応じて適切な支援につながる構造をつくることがポイントになります。
帯同家族の状態も、駐在員本人に影響する
海外赴任者本人だけを見ていると、もう一つの重要な変化を見落とす可能性があります。
それが帯同家族です。
本人は仕事を通じて現地社会との接点があります。
一方、帯同家族は、仕事や学校などの環境が大きく変わり、人間関係や生活上の役割を失ったように感じることがあります。
配偶者の孤独。
子どもの学校への適応。
夫婦間のすれ違い。
日本に残した家族への心配。
こうした問題が本人の仕事に影響することもあります。
だからといって、人事が家族のプライベートまで詳細に把握する必要があるという意味ではありません。
むしろ、
「家族についても相談できる場所がある」
という選択肢を用意しておくことに意味があります。
帰任したら「もう大丈夫」と考えていないか
海外赴任者の「その後」を考えるうえで、帰任後も重要なポイントです。
帰国すれば、
「海外生活が終わった」
「家族も日本に戻った」
「これで一安心」
と考えがちです。
しかし、帰任は新しい環境への再適応でもあります。
海外で築いた仕事の進め方や価値観と、日本の職場文化との違いを感じることがあります。
また、
「海外で身につけた経験を帰国後にどう生かすのか」
「以前の仕事に戻って物足りなさを感じないか」
「次のキャリアはどうなるのか」
といった問題が出てくることもあります。
海外赴任中に大きな問題がなかった人でも、帰任後に戸惑う可能性があります。
だからこそ、人事が見るべきなのは「海外赴任中のトラブル」だけではありません。
赴任前、赴任中、帰任後を通じた人の変化です。
人事が「その後」を把握するためにできること
大切なのは、人事がすべての問題を直接解決することではありません。
まずは、駐在員が困ったときに相談できるルートを明確にしておくことです。
例えば、
「仕事上の問題は上司」
「制度上の問題は人事」
「健康上の問題は医療機関」
「心理的な悩みは外部相談窓口」
など、内容に応じた相談先が分かっていれば、本人も相談しやすくなります。
さらに、定期的な面談などを通じて、
「現在困っていることはないか」
「仕事と生活のバランスはどうか」
「家族を含めて気になっていることはないか」
「今後について不安に感じていることはないか」
などを確認することも考えられます。
ここで重要なのは、「問題を探す面談」にしないことです。
問題を見つけることだけを目的にすると、駐在員側も身構えてしまいます。
「何かあったら相談できる」という安心感をつくることが、結果として早期相談につながります。
外部の相談窓口を活用するという方法
人事担当者だけで駐在員の状態を把握することには限界があります。
特に中堅・中小企業では、海外人事だけを担当する専門部署がなく、通常の人事・総務業務と兼務しているケースもあります。
その場合、
「駐在員のことが気になっているが、そこまで手が回らない」
「問題が起きてから対応するしかない」
という状態になりやすくなります。
そこで選択肢になるのが、外部の相談窓口です。
外部に相談できる場所があれば、駐在員本人や帯同家族が、人事には直接話しにくいことを早い段階で整理できる可能性があります。
また、人事側にとっても、すべての相談を自社だけで抱える必要がなくなります。
大切なのは、外部に丸投げすることではありません。
企業と本人の間に、必要なときに利用できる「もう一つの相談ルート」を用意するという考え方です。
「制度がある」から「相談できる」へ
海外赴任制度を整備することは重要です。
しかし、制度があるだけでは、駐在員が抱えるすべての問題を把握することはできません。
人事が把握しにくいのは、駐在員に問題がないからではなく、
「問題があっても、企業からは見えにくい構造になっている」
場合があるからです。
だからこそ、
制度を整える。
定期的に状態を確認する。
本人が相談しやすい環境をつくる。
家族についても相談できる選択肢を用意する。
必要に応じて外部につなぐ。
こうした仕組みを組み合わせることが重要になります。
海外赴任の成功は、「海外に送り出せたか」だけで決まるものではありません。
赴任した人が現地で安心して働き、家族も含めて生活を維持し、帰任後に海外経験を次のキャリアにつなげられるか。
その視点から、改めて自社の海外赴任者支援を見直してみてはいかがでしょうか。
「駐在員の状態が見えない」と感じている人事担当者の方へ
「制度はある。でも、駐在員が実際にどういう状態なのかは分からない」
もしそう感じているのであれば、制度そのものを大きく変える前に、現在の相談・把握の仕組みを整理することから始めてみるのも一つの方法です。
Vida felizでは、海外赴任者・帯同家族が抱える仕事や生活上の悩みについて、第三者として相談を受ける場を提供しています。
人事担当者の方から、
「どこまで人事で対応すべきか分からない」
「駐在員本人には聞きにくいことがある」
「帯同家族についても相談できる窓口を用意したい」
「問題が起きてからではなく、早い段階で相談できる仕組みを考えたい」
といったご相談をいただくことも想定しています。
すべてを社内で抱える必要はありません。 まずは現在の海外赴任者支援について、「何が見えていて、何が見えていないのか」を整理するところから始めてみませんか。
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